「また、同じパターンだ」
3年付き合った彼と別れた夜、ベッドの中でぼんやりと天井を見つめながら、そう思いました。
最初は優しかった。でも、気づけば彼の顔色を伺ってばかりの自分がいた。彼が不機嫌になると、何が悪かったのか必死に考えた。彼に嫌われたくなくて、自分の予定も、友達との約束も、全部後回しにした。
それなのに、結局うまくいかなかった。
振り返れば、その前の彼も、その前の前の彼も、どこか似ていた気がする。最初は優しくて、でも次第に支配的になって、私は常に相手の機嫌を気にしていて——。
「なぜいつも、同じような人を選んでしまうのだろう」
「なぜ、健全な関係を築けないのだろう」
「恋愛になると、自分がおかしくなる気がする」
こんな風に感じたことはありませんか。
前回の記事では、毒親育ちが「生きづらさ」を感じる理由——家庭で身につけたコミュニケーションと、社会で求められるコミュニケーションのズレ——についてお話ししました。
今回は、そのズレが最も顕著に現れる場所、恋愛と人間関係について詳しく見ていきます。
なぜ同じような人を選んでしまうのか。なぜ健全な関係を築けないのか。依存と回避——両極端なパターンはなぜ生まれるのか。親との関係が、恋愛や友人関係にどう影響するのか。
この記事を読み終える頃には、あなたの恋愛パターンの「正体」が見えてくるはずです。そして、それは変えられるものだということも、理解できるようになるでしょう。
恋愛パターンが形成されるメカニズム
親との関係が「恋愛のテンプレート」になる
「恋愛は自由に選べるはずなのに、なぜいつも同じパターンになるのか」——これは多くの人が抱く疑問です。
その答えは、幼少期の親との関係にあります。
1987年、心理学者のシンディ・ハザンとフィリップ・シェイバーは、画期的な研究を発表しました。彼らは、大人の恋愛が幼少期の「愛着」と深く関係していることを実証したのです。
彼らの研究によれば、恋愛とは「愛着プロセス」の一形態です。つまり、大人同士の恋愛における絆の形成は、幼少期に親との間で形成された愛着と、本質的に同じメカニズムで起きているのです。
これは何を意味するのでしょうか。
あなたが最初に経験した「愛情」は、親との関係でした。親がどのように愛情を示したか(あるいは示さなかったか)、親がどのように反応したか(あるいはしなかったか)——これが、あなたの脳に「愛情とはこういうもの」というテンプレートを作りました。
そして大人になった今、恋愛をするとき、あなたは無意識にこのテンプレートを使っているのです。
「内的作業モデル」——心の中の設計図
愛着理論の創始者ジョン・ボウルビィは、このテンプレートを「内的作業モデル(Internal Working Model)」と呼びました。
内的作業モデルとは、自分自身と他者、そして人間関係についての無意識の信念体系です。具体的には、以下のような信念が含まれます。
自分についての信念
- 「私は愛される価値がある」または「私は愛される価値がない」
- 「私は頼っていい存在だ」または「私は一人で何とかしなければならない」
他者についての信念
- 「他者は信頼できる」または「他者は信頼できない」
- 「他者は私を助けてくれる」または「他者は私を傷つける」
人間関係についての信念
- 「親密な関係は安心できるもの」または「親密な関係は危険なもの」
- 「愛情は安定しているもの」または「愛情はいつ失われるか分からないもの」
これらの信念は、幼少期の親との関係で形成され、大人になってからも無意識に機能し続けます。
成人愛着スタイル——恋愛における4つのパターン
ハザンとシェイバーの研究を発展させ、1991年にキンバリー・バーソロミューとレオナルド・ホロウィッツは、成人の愛着スタイルを4つのカテゴリーに分類しました。
この分類は、「自己イメージ(自分は価値があるか)」と「他者イメージ(他者は信頼できるか)」の2軸で構成されています。
| 他者イメージ:肯定的 | 他者イメージ:否定的 | |
|---|---|---|
| 自己イメージ:肯定的 | 安定型(Secure) | 回避型(Dismissing) |
| 自己イメージ:否定的 | 不安型(Preoccupied) | 恐れ回避型(Fearful) |
安定型(Secure)
自分にも他者にも肯定的なイメージを持つ。親密な関係を心地よく感じ、適度に頼り、頼られることができる。
不安型(Preoccupied)
自分には否定的だが、他者には肯定的なイメージを持つ。相手に承認を求め、見捨てられることを強く恐れる。
回避型(Dismissing)
自分には肯定的だが、他者には否定的なイメージを持つ。親密さを避け、自己完結しようとする。
恐れ回避型(Fearful)
自分にも他者にも否定的なイメージを持つ。親密さを求めながらも恐れ、近づいては離れるを繰り返す。
毒親のもとで育った人の多くは、安定型以外の3つのパターンのいずれかに当てはまります。そして、このパターンが恋愛における様々な問題の根源となっているのです。
毒親育ちに多い4つの恋愛パターン
ここからは、毒親育ちに多く見られる恋愛パターンを、具体的に見ていきましょう。
パターン1:不安型(しがみつき型)
特徴
このタイプの人は、恋愛において強い見捨てられ不安を抱えています。
相手のことが好きになると、常に相手のことが頭から離れません。LINEの返信が遅いと「何か悪いことをしたのでは」と不安になる。相手が他の人と楽しそうに話していると嫉妬してしまう。「本当に私のことが好き?」と何度も確認したくなる。
相手に依存しやすく、自分の価値を相手からの愛情で測ろうとします。相手がいないと不安で、一人でいることが耐えられません。
形成メカニズム
このパターンは、親からの愛情が不安定だった環境で形成されます。
ある時は優しく、ある時は冷たい。今日は機嫌がいいけど、明日はどうか分からない——こうした予測不可能な養育環境で、子供は「愛情はいつ失われるか分からない」と学習します。
だから、常に相手の愛情を確認し続けなければ安心できないのです。幼少期に経験した「不安定な愛情」を、大人になってからも再現してしまいます。
【Aさん(29歳・女性)の場合】
「彼ができると、毎日が不安です。LINEの返信が1時間来ないだけで、『嫌われたかも』『他に好きな人ができたかも』と考えてしまいます。彼が友達と遊びに行くと言うと、本当は行ってほしくない。でも、束縛したくないから我慢する。でも、その間ずっとモヤモヤして、彼が帰ってきたら『楽しかった?』と聞きながら、本当は『私といるより楽しかったの?』と聞きたい自分がいます」
Aさんの母親は、気分屋でした。機嫌がいい日は優しいけれど、機嫌が悪い日は無視される。何が原因で機嫌が変わるのか、幼いAさんには分かりませんでした。だから常に母親の顔色を伺い、「今日は大丈夫かな」と確認し続けていました。
その習慣が、恋愛でも再現されているのです。
恋愛でどう現れるか
- 相手の愛情を常に確認したがる
- 連絡が来ないと極度に不安になる
- 相手の行動を把握したがる
- 「本当に好き?」と何度も聞いてしまう
- 相手がいないと自分の価値を感じられない
- 別れを極度に恐れる
パターン2:回避型(距離を置く型)
特徴
このタイプの人は、親密になることを避ける傾向があります。
誰かと親しくなりそうになると、無意識に距離を置いてしまう。「一人の方が楽」「恋愛は面倒」と感じる。相手が近づいてこようとすると、息苦しさを感じて逃げたくなる。
感情を表に出すことが苦手で、「何を考えているか分からない」と言われることも多いでしょう。自分の弱さを見せることができず、何でも一人で解決しようとします。
形成メカニズム
このパターンは、親が拒絶的だった、または感情的に不在だった環境で形成されます。
泣いても誰も来てくれなかった。甘えようとすると「うっとうしい」と言われた。感情を表現すると「大げさ」と否定された——こうした環境で、子供は「頼っても無駄」「感情を見せると傷つく」と学習します。
だから、自分を守るために感情を抑え、誰にも頼らず、一人で生きていこうとするのです。
【Bさん(34歳・男性)の場合】
「彼女ができても、長続きしません。最初は楽しいのですが、3ヶ月くらい経つと息苦しくなってきます。彼女が『もっと気持ちを話して』『何を考えているか分からない』と言ってくるようになると、面倒くさくなってしまう。結局、自分から連絡を減らして、自然消滅するパターンが多いです」
Bさんの父親は、感情を見せない人でした。仕事一筋で、家にいても会話はほとんどない。母親は「お父さんは忙しいから」と言うだけ。Bさんが何か話しかけても、「後にしろ」と言われるか、無視されるか。いつしかBさんは、「自分の気持ちを話しても仕方ない」と学習しました。
その習慣が、恋愛でも再現されているのです。
恋愛でどう現れるか
- 親密になると距離を置きたくなる
- 感情を表現することが苦手
- 「一人の方が楽」と感じる
- 相手の要求を「重い」と感じやすい
- 自分の弱さを見せられない
- 関係が深まる前に終わらせてしまう
パターン3:恐れ回避型(近づきたいけど怖い型)
特徴
このタイプは、親密さを強く求めながらも、同時に強く恐れるという矛盾を抱えています。
恋愛したい、愛されたいという気持ちは強い。でも、いざ誰かが近づいてくると、怖くなって逃げてしまう。相手を理想化したかと思えば、些細なことで激しく失望する。「好き」と「嫌い」、「近づきたい」と「離れたい」の間を激しく揺れ動きます。
不安型と回避型の両方の特徴を持ち、恋愛において最も混乱しやすいパターンです。
形成メカニズム
このパターンは、親が安全の源であると同時に、恐怖の源でもあった環境で形成されます。
虐待やネグレクトがあった家庭、または親自身が精神的に不安定だった家庭で多く見られます。子供は親を頼りたいのに、その親が怖い。近づきたいのに、近づくと傷つく——この矛盾した経験が、「愛情」と「恐怖」を結びつけてしまうのです。
【Cさん(31歳・女性)の場合】
「恋愛がジェットコースターみたいです。好きになると、『この人しかいない』と思い込んでしまう。でも、相手が少しでも期待と違う行動をすると、『やっぱりダメだ』と絶望する。相手が優しくしてくれると嬉しいけど、同時に『いつか裏切られる』と怖くなる。自分でも疲れます」
Cさんの母親は、精神的に不安定でした。優しい日は本当に優しいけれど、突然キレて怒鳴りつけることもあった。Cさんは母親を愛していたし、母親に愛されたかった。でも同時に、母親が怖かった。「愛情」と「恐怖」が、Cさんの中で切り離せなくなっていました。
その経験が、恋愛でも再現されているのです。
恋愛でどう現れるか
- 相手を理想化しやすい(最初は「運命の人」と感じる)
- 些細なことで激しく失望する
- 「好き」と「怖い」が同時に存在する
- 感情の揺れが激しい
- 関係が安定すると不安になる
- 自ら関係を壊してしまうことがある
パターン4:自己犠牲型(尽くしすぎる型)
特徴
このタイプは、相手のために自分を犠牲にすることで愛情を得ようとします。
相手の望むことを最優先にし、自分の希望は後回し。NOと言えず、無理な要求も引き受けてしまう。「相手が幸せなら、私も幸せ」と言いながら、実際には疲弊している。気づけば「都合のいい人」になっていることも。
愛着スタイルとしては不安型に近いですが、特に「役割逆転」を経験した毒親育ちに多く見られるパターンです。
形成メカニズム
このパターンは、子供が親の世話をする「役割逆転」があった環境で形成されます。
親の愚痴を聞く役割、親の機嫌を取る役割、弟や妹の面倒を見る役割——こうした経験を通じて、「自分のニーズより他者のニーズを優先する」ことが当たり前になりました。
そして、「尽くすこと」でしか愛情を得られないと学習してしまったのです。
【Dさん(33歳・女性)の場合】
「彼のためなら何でもします。彼が好きな料理を作る、彼の予定に合わせる、彼の愚痴を何時間でも聞く。彼が喜んでくれると嬉しいから。でも、最近気づいたんです。彼は私のために何かしてくれたことがあっただろうか、と。私ばかりが尽くしていて、彼は受け取るばかり。でも、尽くすのをやめたら、彼は私のことを好きでいてくれるのか不安で、やめられません」
Dさんは、子供の頃から母親の相談役でした。母親は父親との関係に悩んでいて、毎晩のようにDさんに愚痴を言いました。Dさんは、母親を慰め、励まし、時には母親の代わりに家事をしました。「お母さんを支えるのは私の役目」——そう思って育ちました。
その習慣が、恋愛でも再現されているのです。
恋愛でどう現れるか
- 相手のために自分を犠牲にする
- NOと言えない
- 相手の要求を何でも引き受ける
- 自分の希望を言えない、または分からない
- 「都合のいい人」になりやすい
- 尽くすことでしか愛されないと思っている
なぜ「同じような人」を選んでしまうのか
ここまで4つのパターンを見てきました。でも、もう一つ大きな疑問があります。
なぜ、何度も「同じような人」を選んでしまうのでしょうか。
「今度こそ違う人を選ぼう」と決意しても、気づけばまた同じタイプ。優しい人を選んだはずなのに、付き合ってみたら前の彼と同じだった——こんな経験はありませんか。
これには、心理学的なメカニズムがあります。
反復強迫——「慣れた苦しみ」を求める脳
精神科医ベッセル・ヴァン・デア・コークは、トラウマを経験した人が、無意識に同じような状況を繰り返す傾向があることを明らかにしました。これを「反復強迫(Repetition Compulsion)」と呼びます。
ヴァン・デア・コークの研究によれば、トラウマを経験した人は、「元のトラウマを彷彿とさせる状況に、一見すると強迫的に自らをさらす」傾向があります。そして、「このような行動の再演が、以前の人生経験と関連していると意識的に理解されることはほとんどない」のです。
つまり、本人は気づいていないのに、脳は無意識に「慣れた状況」を選んでいるのです。
なぜ「慣れた苦しみ」を選ぶのか
これは一見不合理に思えます。苦しかったなら、避けるべきではないでしょうか。
でも、人間の脳は「慣れたもの」を安全だと判断する傾向があります。たとえそれが苦しいものであっても、「予測可能」という意味では安心なのです。
前回の記事で触れた「ホメオスタシス(恒常性維持)」を思い出してください。脳は、変化を嫌います。たとえ現状が苦しくても、「慣れた苦しさ」の方を選んでしまうのです。
さらに、ヴァン・デア・コークは、もう一つの理由を指摘しています。
「愛着の絆の持続は、痛みと愛情の混同を引き起こす」
幼少期に「愛情」と「痛み」がセットで経験されていた場合、大人になってからも、その混同が続くのです。「この人といると苦しい」という感覚を、「これが愛なんだ」と誤解してしまう。
「今度こそ違う結果になる」という願望
反復強迫には、もう一つの側面があります。
「今度こそ、うまくいくかもしれない」——この無意識の願望です。
心理学者たちは、トラウマの再演には「マスタリー(習得・克服)への欲求」が含まれていると指摘します。つまり、同じような状況に自らを置くことで、「今度こそコントロールできる」「今度こそ違う結果になる」と証明したいのです。
【Eさん(30歳・女性)の場合】
「気づけば、付き合う人はいつもモラハラ気味。最初は優しいのに、付き合ううちに支配的になる。友達には『また同じパターン』と言われます。でも、付き合う前は『この人は違う』と本当に思っているんです。むしろ、優しいだけの人だと物足りなく感じてしまう」
Eさんの父親は、支配的な人でした。Eさんが何かを決めようとすると、必ず口を出してきた。父親の機嫌を損ねないように、常に気を遣っていました。
Eさんは、意識的には「父親のような人は嫌」と思っています。でも無意識では、「父親のような人をコントロールできれば、あの頃の自分を救える」と感じているのかもしれません。だから、同じような人を選んでしまう——そして、同じパターンを繰り返すのです。
類似性の錯覚——見えていないサインに反応する
もう一つ、「同じような人を選んでしまう」理由があります。
私たちは、言語化されないレベルで、親に似た特徴を持つ人に惹かれることがあります。
声のトーン、仕草、表情の作り方、怒りの表現の仕方——こうした非言語的な特徴は、意識では認識しにくいものです。でも、無意識はそれを感知し、「慣れた感じ」として認識します。
だから、「この人は違う」と思って付き合い始めても、実際には似たような特徴を持っていた——ということが起きるのです。
友人関係・職場の人間関係への影響
恋愛パターンの話をしてきましたが、これは恋愛だけの問題ではありません。
親との関係で形成されたパターンは、あらゆる人間関係に影響します。
上司との関係に親との関係が投影される
【Fさん(35歳・女性)の場合】
「上司が少しでも不機嫌そうだと、一日中落ち着きません。『私が何かしたのかな』『嫌われたかな』と考えてしまう。上司に呼ばれると、心臓がバクバクします。冷静に考えれば、上司の機嫌が悪いのは私のせいじゃないかもしれないのに、自動的に『自分のせいだ』と思ってしまうんです」
Fさんの父親は、気分屋でした。機嫌が悪いと怒鳴り、時には物を投げた。幼いFさんは、常に父親の機嫌を伺い、「今日は大丈夫かな」と緊張していました。
その経験が、上司との関係に投影されているのです。上司は父親ではないのに、脳は「権威ある年上の男性」という共通点から、同じパターンを起動させてしまいます。
友人関係での境界線の問題
毒親育ちの人は、友人関係でも境界線を引くのが苦手なことがあります。
- 頼まれると断れない
- 相手の愚痴を延々と聞いてしまう
- 自分の時間やエネルギーを犠牲にしてしまう
- 「都合のいい友達」になってしまう
これは、親との関係で「自分のニーズより相手のニーズを優先する」パターンが形成されたからです。友人関係でも、そのパターンが自動的に起動します。
「都合のいい人」になってしまう
【Gさん(32歳・男性)の場合】
「職場でも、友人関係でも、いつも『いい人』と言われます。頼まれれば何でも引き受けるし、相手の話は何時間でも聞く。でも、自分が困っているときに助けてくれる人はいない気がします。『都合のいい人』として利用されているだけなのかもしれません」
Gさんは、子供の頃から「いい子」でした。親に反抗せず、言われたことは何でもやった。弟の面倒も見たし、親の愚痴も聞いた。そうすることで、家庭内での居場所を確保していたのです。
その習慣が、大人になっても続いています。「いい人」でいることでしか、人間関係を維持できないと思い込んでいるのです。
健全な関係との違い
ここまで、毒親育ちの恋愛・人間関係パターンを見てきました。では、「健全な関係」とは何が違うのでしょうか。
健全な関係の特徴
心理学的に見て、健全な関係には以下のような特徴があります。
お互いの境界線を尊重する
「あなたはあなた、私は私」という感覚がある。相手の考えや感情を尊重しつつ、自分の考えや感情も大切にできる。
対等な立場
どちらかが常に上、どちらかが常に下、ということがない。お互いに意見を言い合い、話し合いで解決できる。
感情の安定
激しい感情の揺れ——「最高」と「最悪」の繰り返し——がない。穏やかな安心感がベースにある。
依存ではなく相互支援
一方的に頼る・頼られるのではなく、お互いに支え合える。困ったときは助けを求められるし、相手が困っていれば助けられる。
自分らしくいられる
相手の前で「演じる」必要がない。本当の自分を見せても、受け入れてもらえるという安心感がある。
毒親育ちが「健全な関係」を避ける理由
ここで、矛盾したことが起きます。
毒親育ちの人は、健全な関係を「避けてしまう」ことがあるのです。
「優しい人は物足りない」
「安定した関係は退屈」
「ドキドキしないと恋愛じゃない」
——こんな風に感じたことはありませんか。
これは、「刺激」と「愛情」を混同しているためです。
毒親のもとで育った人は、「愛情」と一緒に「不安」「緊張」「ドキドキ」を経験してきました。親の機嫌を伺うドキドキ、怒られるかもしれない緊張、愛されているか分からない不安——これらが「愛情」とセットになっているのです。
だから、穏やかで安定した関係を「愛情がない」と感じてしまいます。「ドキドキしない=好きじゃない」と誤解してしまうのです。
【Hさん(28歳・女性)の場合】
「優しくて安定した人と付き合ったことがあります。でも、なんか物足りなくて、3ヶ月で別れてしまいました。その後、ちょっと危険な香りがする人と付き合って、案の定ボロボロになりました。今思えば、あの安定した人の方がずっと良かったのに。なぜあの時、物足りないと感じてしまったんだろう」
Hさんが感じた「物足りなさ」は、実は「安心感」だったのかもしれません。慣れていないから、それを「愛情がない」と誤解してしまったのです。
「安定」を「退屈」と感じる脳
神経科学的に見ると、これには理由があります。
慢性的なストレス環境で育った脳は、高い覚醒状態に慣れています。常に警戒し、アドレナリンが出ている状態が「普通」になっているのです。
そして、安定した環境に置かれると、脳は「刺激が足りない」と感じます。これが「退屈」や「物足りなさ」として認識されるのです。
つまり、健全な関係を避けてしまうのは、あなたの好みの問題ではありません。脳が「慣れていない状態」を不安に感じているだけなのです。
変化は可能——新しいパターンを学ぶ
ここまで読んで、「じゃあ、一生このパターンを繰り返すの?」と思ったかもしれません。
安心してください。愛着スタイルは、変わることができます。
「獲得された安定型」という希望
愛着研究の分野では、「獲得された安定型(Earned Secure)」という概念があります。
これは、幼少期に不安定な愛着を経験したにもかかわらず、大人になってから安定型の愛着スタイルを獲得した人々を指します。
心理学者グレン・ロイスマンらの研究によれば、獲得された安定型の人々は、「連続的に安定型」(幼少期から一貫して安定型)の人々と、成人期の機能において同等のレベルを示すことが明らかになっています。
つまり、出発点がどこであっても、安定した愛着スタイルを身につけることは可能なのです。
変化のメカニズム——神経可塑性
前回の記事でも触れましたが、脳には神経可塑性があります。これは、経験によって脳の神経回路が変化する性質です。
幼少期に形成されたパターンは確かに強固です。でも、新しい経験を重ねることで、新しい神経回路を作ることができます。
愛着スタイルも同じです。安全で信頼できる関係を経験することで、「他者は信頼できる」「自分は愛される価値がある」という新しい信念を、少しずつ脳に刻んでいくことができるのです。
変化の第一歩——気づくこと
では、どうすれば変化を始められるのでしょうか。
第一歩は、「気づく」ことです。
自分がどのパターンを持っているのか。恋愛でどんな行動を取りがちなのか。なぜそうなるのか——これらに気づくことが、変化の始まりです。
この記事を読んで、「自分はこのパターンだ」と気づけたなら、それはすでに大きな一歩を踏み出したということです。
気づいていないパターンは、自動的に起動し続けます。でも、気づいたパターンには、「今回はどうするか」を選ぶ余地が生まれます。
変化の第二歩——安全な関係を経験する
変化の次のステップは、安全な関係を少しずつ経験することです。
これは、恋愛に限りません。信頼できる友人、理解のある同僚、温かいコミュニティ——こうした関係の中で、「人を信頼しても大丈夫」「自分を見せても大丈夫」という経験を積み重ねていくのです。
最初は違和感があるかもしれません。「安定」を「退屈」と感じるかもしれません。でも、それは脳が慣れていないだけです。少しずつ、「安心感」を心地よいと感じられるようになっていきます。
変化の第三歩——専門家のサポートを受ける
一人で取り組むのが難しい場合は、専門家のサポートを受けることも選択肢です。
カウンセラーやセラピストは、あなたのパターンを客観的に見て、気づきを促してくれます。また、カウンセリングそのものが「安全な関係の経験」になることもあります。
特に、愛着に焦点を当てた心理療法(愛着に基づく療法)や、トラウマに特化したアプローチ(EMDRなど)は、効果が実証されています。
あなたは変われる
最後に、もう一度お伝えします。
あなたのパターンは、変えることができます。
幼少期に形成されたものだから、簡単ではありません。時間もかかります。後戻りすることもあるでしょう。
でも、変化は可能です。多くの人が、実際に変化を遂げています。
そして、変化への第一歩——自分のパターンに「気づく」こと——を、あなたはすでに踏み出しています。
まとめ
恋愛パターンは幼少期に形成される
親との関係が、恋愛の「テンプレート」になります。ハザンとシェイバーの研究が示すように、大人の恋愛は幼少期の愛着プロセスと本質的に同じメカニズムで起きています。
「内的作業モデル」——自分と他者についての無意識の信念——が、恋愛における行動パターンを決めているのです。
毒親育ちに多い4つの恋愛パターン
不安型(しがみつき型)
見捨てられ不安が強く、相手の愛情を常に確認したがる。親からの愛情が不安定だった環境で形成される。
回避型(距離を置く型)
親密さを避け、感情を表に出さない。親が拒絶的だった、または感情的に不在だった環境で形成される。
恐れ回避型(近づきたいけど怖い型)
親密さを求めながらも恐れる。親が安全の源であると同時に恐怖の源でもあった環境で形成される。
自己犠牲型(尽くしすぎる型)
相手のために自分を犠牲にする。「役割逆転」を経験した環境で形成される。
なぜ「同じような人」を選ぶのか
反復強迫——無意識に「慣れた状況」を繰り返す傾向。脳は「慣れたもの」を安全だと判断するため、たとえ苦しくても同じパターンを選んでしまう。
また、「今度こそうまくいく」という無意識の願望も影響している。
健全な関係を「避けてしまう」理由
毒親育ちの人は、「安定」を「退屈」と感じることがある。これは、「刺激」と「愛情」を混同しているため。慢性的なストレス環境で育った脳は、高い覚醒状態に慣れており、安定した環境を「物足りない」と感じてしまう。
変化は可能
愛着スタイルは変わりうる。「獲得された安定型」の研究が示すように、幼少期に不安定な愛着を経験しても、大人になってから安定型を獲得することは可能。
変化の第一歩は「気づく」こと。そして、安全な関係を少しずつ経験し、必要であれば専門家のサポートを受けること。
あなたのパターンは、変えることができます。
次回予告
今回、毒親育ちの恋愛・人間関係パターンについて見てきました。
その根底にあるのは、自己肯定感の低さです。
「自分には価値がない」「自分は愛される存在ではない」——こうした信念が、恋愛パターンを作り、人間関係を歪め、生きづらさを生んでいます。
次回は、「自己肯定感が低くなるメカニズム」をテーマに、以下のような疑問に答えていきます。
- なぜ毒親育ちは自己肯定感が低くなるのか
- 自己肯定感はどのように形成されるのか
- 低い自己肯定感が人生にどう影響するのか
- そして、自己肯定感を高めることは可能なのか
あなたの恋愛パターンには、理由があります。そして、変化は可能です。
一歩ずつ、一緒に進んでいきましょう。
メタ情報
- カテゴリー: 2. 心理メカニズムカテゴリー
- 記事番号: 02-05
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- キーワード: 愛着理論、愛着スタイル、内的作業モデル、反復強迫、恋愛パターン、獲得された安定型、神経可塑性
- 参考文献・エビデンス:
- Hazan, C., & Shaver, P. (1987). “Romantic love conceptualized as an attachment process.” Journal of Personality and Social Psychology, 52(3), 511-524.
- 成人の恋愛が愛着プロセスの一形態であることを実証した画期的研究
- Bartholomew, K., & Horowitz, L. M. (1991). “Attachment styles among young adults: A test of a four-category model.” Journal of Personality and Social Psychology, 61(2), 226-244.
- 成人愛着の4分類モデル(安定型、不安型、回避型、恐れ回避型)を提唱
- Bowlby, J. (1988). A Secure Base: Parent-Child Attachment and Healthy Human Development. Routledge.
- 愛着理論の基礎。内的作業モデルの概念
- van der Kolk, B. A. (2014). The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma. Penguin Books.
- トラウマの再演(反復強迫)と対人関係パターンについての研究。「愛着の絆の持続は、痛みと愛情の混同を引き起こす」
- Roisman, G. I., Padrón, E., Sroufe, L. A., & Egeland, B. (2002). “Earned-secure attachment status in retrospect and prospect.” Child Development, 73(4), 1204-1219.
- 「獲得された安定型」の概念。不安定な愛着を経験しても、安定型を獲得できることを実証
- Mikulincer, M., & Shaver, P. R. (2007). Attachment in Adulthood: Structure, Dynamics, and Change. Guilford Press.
- 成人愛着の変化可能性についての包括的研究
文字数: 約10,500文字
執筆日: 2024年
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