前回の記事で「毒親とは何か」についてお話ししました。
「もしかして、うちの親も…」
そう感じた方もいらっしゃるかもしれません。でも同時に、心のどこかで抵抗を感じていませんか。
「でも暴力はなかったし」 「他の家庭と比べたら普通だったかも」 「親だって、私のことを思ってくれていたはず」
そんな迷いや戸惑いを抱えながら、この記事を開いてくださったのかもしれません。
今回は、毒親の具体的な「タイプ」について詳しく見ていきます。実は毒親には様々なパターンがあり、一人の親が複数のタイプを持っていることも珍しくありません。
この記事を読む前に、一つだけ覚えておいてください。
これは親を責めるためではなく、あなた自身の経験を正しく理解するためのものです。「これは自分のせいじゃなかった」「おかしいと感じていた自分は間違っていなかった」——そう気づくための第一歩なのです。
身体的DV(暴力)

殴られた記憶は、今も体に残っている
あなたは今でも、大きな音にビクッとしませんか。
誰かが後ろから急に近づいてくると、反射的に身構えてしまうことはありませんか。
それは、体が覚えているからかもしれません。
身体的DVとは、殴る、蹴る、髪を引っ張る、突き飛ばすなど、直接体に危害を加える行為です。「しつけのため」「あなたのため」という言葉とともに行われることが多いのが特徴です。
こんな経験はありませんでしたか?
テストの点数が悪いと、問答無用で平手打ちが飛んできた。言うことを聞かないと、ビンタや蹴りが当たり前だった。怒られるとき、いつも「次は殴られるかもしれない」と身構えていた。
そして、親の機嫌次第で叩かれるかどうかが決まる。同じことをしても、機嫌がいいときは許される。機嫌が悪いときは理不尽に叩かれる。
叩かれた後、必ず言われる言葉——「お前が悪いからだ」。
【Aさん(32歳)の場合】
「父の機嫌が悪いと突然殴られるので、帰宅するたびにドアを開ける前に深呼吸していました。今でも上司の機嫌を異常に気にしてしまい、仕事中は常に緊張しています」
Aさんは今、会社で少しでも上司の顔色が曇ると、心臓がバクバクします。「何か悪いことをしたかな」と一日中考えてしまう。それは、幼少期の「親の機嫌を察知しないと身を守れなかった」記憶が、今も体に残っているからです。
物を投げつけられる
直接殴らなくても、物を投げつけたり、壊したりする行為も暴力です。
こんなことはありませんでしたか?
親が怒ると、リビングから物を投げて壊す音が聞こえてくる。食器やコップが飛んでくることもある。自分の大切にしていたぬいぐるみや本を、目の前で破られた。ドアを激しく叩く音に、恐怖で体が固まった。
家の壁に穴が開いていて、「あれはお父さんが怒って殴った跡」と知っている。
これらは「直接的な暴力」ではないかもしれません。でも、恐怖を与えることで支配するという意味では、身体的暴力と何も変わらないのです。
💡 よくある誤解
「直接叩かれたわけじゃないから暴力じゃない」と思っていませんか?物を壊す、投げる、大きな音を立てて脅す——これらも、子供に恐怖を与える立派な暴力です。あなたが感じていた恐怖は、本物でした。
暴力の後の「ごめん」

身体的DVの特徴は、「暴力→謝罪→平穏→暴力」という周期が繰り返されることです。
親は暴力の後で謝ることがあります。「つい手が出てしまった」「お前が心配だからだ」と言いながら、優しくなる。子供は「今度こそ変わってくれるかも」と期待します。
でも、また同じことが繰り返される。
このサイクルの中で育つと、「愛情」と「暴力」が混同してしまいます。「殴られた後の優しさ」に救いを感じていた経験があるなら——それは決してあなたが間違っていたわけではありません。子供として、親の愛を信じたかっただけなのです。
親の心理
多くの場合、親自身も同じように育てられています。「これが普通のしつけ」だと信じているのです。怒りのコントロールができず、後悔しても繰り返してしまう——親も苦しんでいるのかもしれません。でも、それで子供が受けた傷が消えるわけではありません。
精神的DV(心理的虐待)
「殴られてないから、まだマシ」——本当に?
「うちは暴力はなかった。だから、毒親ってほどじゃない」
そう思っていませんか。
でも、ちょっと待ってください。
💡 よくある誤解
「暴力がなければ虐待じゃない」——これは大きな誤解です。実は、心に与えるダメージという点では、精神的DVは身体的DV以上に深刻なこともあります。傷は見えませんが、心には確実に刻まれています。
身体的な傷は治ります。骨折も、いつか治ります。
でも、心の傷は?
「あんたは何をやってもダメね」——この言葉は、何十年経っても消えません。今でも、何か新しいことに挑戦しようとすると、あの声が聞こえてきませんか。
精神的DVには、否定と批判の繰り返し、他の子供との比較、無視、脅迫、罪悪感の植え付け、過度な期待など、様々な形があります。ここでは代表的な例を簡潔にご紹介します。
代表的な精神的DVの例
存在そのものを否定される言葉
- 「あんたは何をやってもダメね」
- 「お姉ちゃんはできたのに」と常に比較される
- 「生まれてこなければよかった」
無視という暴力
- 親の機嫌が悪いと数日間無視される
- 話しかけても、そこにいないかのように扱われる
- 家族の会話に自分だけ入れてもらえない
脅しと罪悪感
- 「お前なんかいらない」「出て行け」と脅される
- 「あんたのために人生を犠牲にした」と罪悪感を植え付けられる
- 親が泣くことで、子供をコントロールする
【Cさん(29歳)の場合】
「母から毎日のように『あんたは何をやってもダメ』と言われ続けました。今でも何か新しいことに挑戦しようとすると、『どうせ私には無理』という声が頭の中で響きます」
Cさんは、資格試験に挑戦しようとしても、申込画面の前で手が止まってしまいます。「どうせ受からない」「お金の無駄だ」——母の声が、今も彼女の中で生きているのです。
親の心理
親自身が満たされない人生を送っていたり、同じように育てられたりしたため、それが「普通のしつけ」だと信じています。子供をコントロールすることで、自分の不安を和らげようとしているのです。
精神的DVについてもっと詳しく知りたい方へ
暴力がなくても深刻な虐待であること、具体的なパターン、そしてそれが大人になった今どう影響しているのか——これらについては、次回の記事「暴力がなくても毒親?精神的DVの実態」で詳しく解説しています。
「うちは暴力がなかったから」と自分の経験を軽く見てしまっている方には、ぜひ読んでいただきたい内容です。
過干渉・過保護型

「愛情」という名の檻
「お母さんは、あなたのことが心配なの」 「あなたのためを思って言ってるのよ」
この言葉を何度聞いたか、覚えていますか。
過干渉・過保護型の毒親は、一見すると「愛情深い親」に見えます。だからこそ、子供も周りも、そして親自身も、それが問題だと気づきにくいのです。
でも、本当の愛情は子供の意思や個性を尊重します。「あなたのため」という言葉の裏に、実は親自身の不安や寂しさ、支配欲が隠れていることがあります。
💡 よくある誤解
「うちの親は心配してくれているだけ」「愛情があるから」——本当にそうでしょうか?本当の愛情は、子供を一人の人間として尊重し、自立を支援します。「あなたのため」という言葉で、子供の自由を奪っていないでしょうか。
すべてを親が決める
こんなことはありませんでしたか?
着る服を毎日親が選んだ。「この服は似合わない」と勝手に判断される。友達を親が選んだ。「あの子とは遊んじゃダメ」と言われた。習い事は全て親が決めた。進学先は親の意向で決まった。
自分の意見を言うと、「親の言うことを聞きなさい」「子供のくせに」と一蹴される。
【Fさん(33歳)の場合】
「中学まで着る服も友達も全て母が決めていました。社会人になった今も、ランチのメニューを決めるのに10分以上かかります。自分で選ぶことが怖いんです」
Fさんは、レストランでメニューを見ると頭が真っ白になります。「これを選んだら間違っているんじゃないか」「後悔するんじゃないか」——そう考えると、何も決められなくなってしまうのです。
プライバシーという概念がない家
部屋のドアにカギをつけさせない。日記を勝手に読む。スマホをチェックする。引き出しや鞄の中を勝手に見る。友達との電話を盗み聞きする。
「親子なんだから秘密はダメ」「あなたのことが心配だから」——そう言われて、あなたは何も言えなかった。
でも、プライバシーは人間の基本的な権利です。それが守られない環境で育つと、「自分だけの領域」を持つことに罪悪感を感じるようになります。
失敗を許さない、先回りする
何かに挑戦しようとすると、「無理だからやめなさい」と止められた。親が全てお膳立てして、自分で考える余地がなかった。少しでもリスクがあることは禁止された。
「失敗してほしくない」——親はそう言います。でも、子供は失敗から学びます。失敗する機会を奪われた子供は、大人になっても挑戦することが怖くなります。
親の心理
親自身が不安感が強く、子供を「失敗から守る」ことで自分の不安を和らげています。また、子供をコントロールすることで、自分の人生の不安定さを補おうとしているのです。
親から離れられない
進学や就職で家を出ようとすると、様々な理由をつけて引き留められる。「お母さんが寂しい」「一人暮らしは危険」「お金がもったいない」。
家を出ようとすると体調を崩す親。「私が死んでもいいの?」と泣く親。罪悪感を感じながら、あなたは実家に留まった。
【Gさん(36歳)の場合】
「就職で県外に行こうとしたら、母が『私が死んでもいいの?』と泣き崩れました。結局実家近くで就職しましたが、今でも『自分の人生を生きていない』という虚しさがあります」
Gさんは今、実家から電車で30分の場所に住んでいます。でも週に3回は実家に呼ばれます。「顔を見せて」「様子を見に来て」——断ると、母が体調を崩すのです。
育児放棄(ネグレクト)

「何もしない」という虐待
ネグレクトは、積極的に傷つけるのではなく、必要なケアをしないことで子供を傷つける虐待です。
「虐待」という言葉から、多くの人は暴力やひどい言葉を想像します。でも、「何もしないこと」も立派な虐待なのです。
食べ物がない家
こんな経験はありませんでしたか?
食事がまともに用意されず、いつも空腹だった。冷蔵庫を開けても、食べられるものがほとんどない。小学生の頃から、自分でコンビニに買いに行っていた。
給食の時間が、一日で一番幸せだった。
季節外れの服や汚れた服を着続けていた。病気やケガをしても病院に連れて行ってもらえなかった。お風呂に何日も入れなかった。
【Hさん(30歳)の場合】
「小学生の頃から夕食は自分でコンビニに買いに行っていました。友達が『お母さんの手料理』の話をするのを聞くたび、自分の家は普通じゃないんだと感じていました」
Hさんは今、「家庭的な温かさ」というものが想像できません。料理番組を見ても、「母の味」という言葉を聞いても、何も感じないのです。
心が放置される
物理的には世話をしていても、感情的な交流がない——これを「感情的ネグレクト」と呼びます。これは見えにくいため、「虐待」だと気づきにくいのが特徴です。
話しかけても適当な返事しかない。学校での出来事を話しても興味を持ってもらえなかった。悲しいことがあっても慰めてもらえなかった。嬉しいことを報告しても無関心だった。
「忙しいから」と常に後回しにされた。
💡 よくある誤解
「ご飯は食べさせてもらっていたし、学校にも行かせてもらった」——でも、心が満たされなかったのではありませんか?感情的なネグレクトは見えにくいですが、子供の心の発達に深刻な影響を与えます。
【Iさん(28歳)の場合】
「母は仕事で忙しく、話を聞いてもらった記憶がほとんどありません。今でも自分の気持ちを人に話すことができず、『どうせ誰も興味ないだろう』と思ってしまいます」
Iさんは、カウンセリングを勧められても行けません。「自分の話を聞いてくれる人なんているわけない」——そう思っているからです。
「放任」との違い
「うちは放任主義だから」——そう言われて育った方もいるかもしれません。
でも、健全な「放任」と「ネグレクト」は違います。
健全な放任は、子供の自主性を尊重しながらも、必要なときには適切なサポートがあります。一方ネグレクトは、子供が助けを求めても応じない、関心すら持たないという状態です。
子供の頃、「自由でよかった」と思っていても、実は「放っておかれていた」だけだったと気づくこともあります。あなたが感じていた寂しさは、決して贅沢な感情ではありません。
親の心理
親自身が精神的に不安定だったり、依存症(アルコール、ギャンブルなど)を抱えていたり、経済的困窮に苦しんでいることが多いです。子供の世話をする余裕がない状態なのです。
補足:親が統合失調症などのメンタル疾患を抱えていた場合
ここで言いたいのは「病気の親=毒親」という話ではありません。支援や治療につながっていて、安定して子育てできる人もいます。
ただ、未治療だったり、症状の波が大きい時期が長いと、子ども側は「話しかけても反応が薄い」「急に怒られる」「現実と違う決めつけをされる」など、予測できない体験を重ねやすくなります。
その結果、子どもは“自分を小さくする”“気持ちを閉じる”“助けを求めない”を身につけてしまうことがあります。あなたが苦しくなったのは、性格のせいではありません。
支配・コントロール型
「NO」という言葉がない家
親の価値観や意向が絶対で、子供の意思は認められない——これが支配・コントロール型の特徴です。
過干渉と重なる部分もありますが、より強い支配欲、「子供は親の所有物」という意識が特徴です。
こんなことはありませんでしたか?
「この家ではこうするもの」と親のルールが絶対だった。親の宗教や政治的思想を押し付けられた。親と違う意見を持つことが許されなかった。「常識」という言葉で、実は親の価値観を押し付けられていた。
条件付きの愛情
「○○したら愛してあげる」——この形でしか愛情を示さない親です。
良い成績を取ったときだけ褒められた。親の期待に応えたときだけ優しくされた。「言うことを聞く良い子」でいないと愛してもらえなかった。反抗すると冷たくされた。
子供は学びます。「ありのままの自分」では愛されないのだと。
【Jさん(34歳)の場合】
「テストで100点を取ったときだけ父が笑顔になりました。今でも『成果を出さないと愛されない』という思い込みがあり、仕事で燃え尽きそうです」
Jさんは、どんなに成果を出しても満足できません。「もっと」「もっと」——そう自分を追い込んでしまうのです。
親の機嫌がすべてを決める
親の気分次第で、昨日OKだったことが今日はNGになる。予測不可能な環境で、子供は常に緊張状態に置かれます。
同じことをしても、親の機嫌次第で叱られたり叱られなかったりした。親のご機嫌取りが上手になっていた。家に帰るとき、「今日は機嫌がいいかな」と考えていた。
親の心理
親自身が感情のコントロールができず、自分の機嫌を優先しています。子供を一人の人格として尊重する意識が欠けているのです。
反抗は許されない
親に逆らうこと、異なる考えを持つことを「反抗」として厳しく罰します。
「親に口答えするな」と言われた。自分の意見を言うと「生意気だ」と怒られた。思春期の反抗期が許されなかった。疑問を持つことすら許されなかった。
健全な家庭では、思春期に自分の意見を持ち、親と議論することは成長の一部です。でも、支配型の親のもとでは、それが「反抗」とされ、罰せられるのです。
役割逆転型(親子の立場が逆転)
子供なのに、親の親になる
本来、親が子供の面倒を見るべきなのに、子供が親の世話をしたり、感情的なサポートをしたりする——これを「役割逆転」または「パレント化」と呼びます。
💡 よくある誤解
「親を支えられる自分は優しい子だった」——本当にそうでしょうか?子供が親を支えなければならない状況は、健全ではありません。あなたは「優しかった」のではなく、「そうせざるを得なかった」のです。
親の愚痴の聞き役
こんな経験はありませんでしたか?
親の夫婦喧嘩の愚痴を延々と聞かされた。親の人間関係の悩みを相談された。親が友達のように接してきて、親子の境界線が曖昧だった。「あんただけが頼りなの」と言われた。
子供らしく振る舞うと「幼い」と言われた。
【Kさん(37歳)の場合】
「小学生の頃から毎晩、母の夫婦関係の愚痴を2時間聞かされました。今でも人の相談を断れず、自分の時間も気持ちも持てません」
Kさんは、友達から相談されると、どんなに疲れていても聞いてしまいます。断ると「冷たい人間だ」と思われるような気がするのです。
親の感情的サポート役

親が泣いているとき、自分が慰めていた。親の機嫌が悪いとき、何とかしようとしていた。親を悲しませないように、自分の気持ちを我慢していた。
本来なら、親が子供の感情をサポートすべきです。でも、役割が逆転していた。
兄弟の世話役
弟や妹の世話をするのが当然だった。親が不在のとき、自分が兄弟の食事を作っていた。兄弟の勉強を見たり、学校行事に参加したりしていた。
自分の時間がなかった。
経済的責任を負わされる
高校生からアルバイトをして家計を支えていた。「親の面倒を見るのは当然」と言われた。社会人になっても親に仕送りを強要された。親の借金の肩代わりをさせられた。
【Lさん(32歳)の場合】
「高校時代からバイトで家計を支え、大学進学は諦めました。今でも『自分のために使うお金』に罪悪感があり、貯金ばかりしています」
Lさんは、友達との旅行の誘いを断ってしまいます。「そんなお金があるなら、貯金しなきゃ」——そう思ってしまうのです。
夫婦仲が悪い中での板挟み
両親の仲が悪く、子供がその間に立たされます。どちらかの味方になることを強要されたり、仲裁役を期待されたりします。
「お父さん(お母さん)についてどう思う?」と聞かれた。片方の親から、もう片方の親の悪口を聞かされた。両親の間を取り持つことが自分の役割だと思っていた。
親の心理
親自身が未熟で、大人としての責任を果たせていません。子供に依存することで、自分の不安や孤独を埋めようとしているのです。
このような環境で育つと、子供は「自分のニーズ」よりも「他者のニーズ」を優先する癖がつきます。大人になっても自分を後回しにし、他者のケアばかりしてしまう傾向があります。
複数のタイプが重なるとき
あなたの家は「一つのタイプ」には当てはまらないかもしれない
ここまで様々なタイプを見てきました。
「うちは、いくつも当てはまる…」
そう感じた方もいるのではないでしょうか。
実際には、複数のタイプが組み合わさっているケースがほとんどです。たとえば、
- 過干渉でありながら、精神的DVも行う
- 身体的DVと支配・コントロールが組み合わさる
- 感情的ネグレクトと役割逆転が同時に起きる
一人の親が複数のタイプの特徴を持つこともあれば、父親と母親がそれぞれ異なるタイプということもあります。また、親の状態によって(機嫌、体調、経済状況など)、タイプが変わることもあります。
「うちはこれだけ」ときれいに分類できることの方が珍しいのです。
複数のタイプに当てはまったからといって、「うちはひどすぎる」と思う必要はありません。それが現実なのです。
程度の問題——でも「軽いから大丈夫」ではない
毒親にも軽度から重度までの程度があります。
毎日暴力を振るわれるケースもあれば、月に一度の精神的DVというケースもあります。毎日否定されるケースもあれば、たまに言われるだけのケースもあります。
しかし、ここで大切なのは、「軽度だから問題ない」わけではないということです。
たとえ頻度が少なくても、一度の出来事が子供の心に深い傷を残すこともあります。逆に、毎日続く小さな否定の積み重ねが、大きなダメージになることもあります。
「うちはそこまでひどくなかった」 「他の人に比べたら軽い方だ」
そう思って自分の経験を矮小化する必要はありません。
あなたが傷ついたのなら、それは「問題があった」ということなのです。
程度によって傷つく権利に差はありません。あなたの痛みは、あなたのものです。
「これも毒親なの?」という疑問に答える
判断基準はシンプル——「あなたが傷ついたかどうか」
「親も人間だから完璧じゃない」
「厳しいだけで、愛情はあったはず」
「世間的には良い親だった」
こう感じて、自分の親を「毒親」だと認めることに抵抗を感じる方もいるでしょう。
確かに境界線は明確ではありません。
でも、判断基準はシンプルです。
「あなたが傷ついたかどうか」
親の意図がどうであれ、外から見てどうであれ、あなたの心が傷ついていたなら、それは「問題があった」ということです。
「普通の家庭」との違い
「これくらい、どこの家庭でもあること」——そう思っていませんか?
確かに、完璧な親も完璧な家庭も存在しません。どの家庭にも問題はあります。
しかし、「普通の家庭」と「機能不全家族」の違いは、
- 頻度と強度:時々の失敗なのか、パターン化しているのか
- 修復の有無:親が謝ったり、改善しようとしたか
- 子供への影響:子供が健全に育つことができたか
もしあなたが「常に」緊張していた、「いつも」否定されていたと感じるなら、それは「普通」ではなかったのかもしれません。
「愛情もあった」という複雑さ
💡 よくある誤解
「愛情があったから毒親じゃない」——愛情と虐待は矛盾しません。親が「愛しているから」と言いながら、子供を傷つけることはあります。愛情があったことと、傷ついたことは、両立します。どちらも否定する必要はないのです。
「親なりに愛してくれていた」 「ときには優しかった」
それは事実かもしれません。
でも、愛情と虐待は矛盾しません。親が「愛しているから」と言いながら、子供を傷つけることはあります。親自身は「子供のため」と本気で思っていることもあります。
愛情があったことと、傷ついたことは、両立します。どちらも否定する必要はないのです。
両方の感情を同時に持っていいのです。「親は愛してくれていた」と思いながら、「でも傷ついた」と感じることは、矛盾ではありません。
この記事を読んで、何を感じましたか
今回は毒親の様々なタイプを見てきました。
身体的DV、精神的DV、過干渉、ネグレクト、支配・コントロール、役割逆転——どのタイプも、子供に深刻な影響を与えます。
「これ、私のことかも」と感じた部分があったでしょうか。
もしそうなら、それはあなたの直感が正しいサインです。その感覚を大切にしてください。
自分の経験がどのタイプに当てはまるのかを知ることは、ただのレッテル貼りではありません。「これは自分のせいじゃなかった」「おかしいと感じていた自分は正しかった」と気づく第一歩です。
複数のタイプに当てはまるかもしれません。程度は様々かもしれません。それでも、あなたが傷ついたという事実は変わりません。
「でも暴力はなかった」と思っているあなたへ
もし、この記事を読んで「うちは身体的DVはなかったから、まだマシだったのかも」と感じているなら——
次回の記事をぜひ読んでください。
次回:「暴力がなくても毒親?精神的DVの実態」
精神的DVがどれほど深刻か、なぜ気づきにくいのか、そして大人になった今どう影響しているのか——詳しく解説します。
「暴力がなかったから」と自分の経験を軽く見てしまっている方にこそ、読んでいただきたい内容です。
あなたの経験は、決して「たいしたことない」ものではありません。
あなたが感じていた痛みは、本物です。
そして、その痛みを認めることが、癒しへの第一歩なのです。
コメント